今月を視る (「むすぶ」2011年7・8月号より)2011/07/23 14:36

いつか遠い将来の「脱原発」ではなく
すべての原発は今すぐ停止―廃炉決定こそが最も現実的!

他国の原発(スリーマイル、チェルノブイリ)が重大事故を起こしても、ムダと嘘の「ベスト・ミックス」(田中優「日本の電気料金はなぜ高い」)で運転を続けてきた日本の原発。福島第1原発の重大すぎる事故に直面しても、今度は原発、火力、自然エネルギーなどの「ベスト・ミックス」が「現実的課題」とうそぶき、原発の延命に血道をあげている。4ヶ月が経過した今も、メルトダウンに至った事故原因の解明もほとんどすすまず、事態収束のめどが全く立たず、住民の甚大な放射能汚染、被害が現在進行中で広がっているというのに、この現実には少しも目を向けることなく、停止中の原発の再稼動に血眼になるのはなぜか。

「脱原発」では国際競争力を失う。コスト高で電気料金が上がれば、国内生産ができなくなり、海外に生産拠点を移さざるを得なくなる。そのため雇用を失う。停止中の原発の再稼動を要求する連中の理屈と脅し文句は大体こんなところだろう。毎度のこんなウソと脅しにいい加減うんざりだ。被災住民を含むすべての住民の一人ひとりには、「困難に立ち向かい、乗り越えていく勇気と努力」を要求しながら、自らは「手っ取り早い目先の儲け」を手放すことだけを恐れ、行動するとしたら、これほど反社会的で、反倫理的なことはない。1基4000億円とも言われる原発輸出の儲け話を手放したくない。この一心が「原発再稼動」要求勢力の本音だとしたら、こんな再稼動要求は絶対許してはならない。「原子力発電所などのインフラ輸出を推進するのは、日本の電力会社を国際競争にさらして、新しい技術や、高いレベルに押し上げるためだ」(前田匡史・内閣官房参与)そうだが、要は、「原発がすべて止まってしまうような状況になれば、原発輸出は不可能になるので、そんなことはしない」と言っているのだ。彼らにとって「住民の安全」は二の次、三の次である。「安全確保を前提に」は単なる枕詞にすぎず、何の具体性もない。「手っ取り早い目先の儲け」だけが最優先の関心事なのだ。

強欲な連中の代表格である経団連会長米倉は、「原発に一定程度依存しないと(電力不足で)国内産業が海外に逃げ、雇用が守られず、経済成長が落ちる」、(原発の建設計画について)「安全基準を見直し、対策を施したうえで(自治体が認めれば)新設の可能性もありうる」と毎日新聞のインタビューに厚かましく答えている。

国民的批判を恐れた菅首相が、玄海原発の再稼働に「待った」をかけた形の「ストレステストの実施」や「脱原発表明」に対しても、海江田経産相「全てストップするシナリオは頭の中にない」、枝野官房長官「(首相の脱原発表明は)首相個人の意見と受け止めている」など、閣内、与野党を問わず、原発再稼働に向けて猛烈なゆさぶりが始まっている。玄海原発2,3号基の再稼働は、九電の「やらせメール」発覚もあって何とか再稼働は「延期」させたものの、予断は許さない状況だ。

私たちは今、社会から原発を無くすことができるか否かの歴史的転換点にある。「原発なき社会」をめざし、要求することは原発推進勢力の言うような「非現実的」考えなどではない。むしろ、今回の事故による放射能汚染の深刻さや被曝労働を前提にした原発の人権無視の実態に向き合うとしない態度こそ非現実的であることを多くの市民に知らせよう。原発はいつか遠い将来に無くなればいいのではない。
今すぐ止めなければならない。原発の稼働は膨大な被爆労働者を生み出し、人間がどうすることもできない「死の灰」を生み出し、貯め続けるからだ。「人類は核と共存できない」(故森滝市郎原水禁国民会議議長)こと、この現実に向き合うことこそ最も現実的で人間的な態度であることを多くの人々に知らせ、全原発の停止を実現しよう。

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