今月を視る(「むすぶ」2017年1月号より)2017/01/28 09:49

日本軍慰安婦問題と沖縄新基地建設
被害者と住民を無視した政府間合意に正当性はない!        

国際常識は被害者の人権回復が最優先されること
昨年、12月28日、韓国釜山の日本総領事館前に設置された少女像をめぐって、日本国内では「国と国の約束を守らない韓国社会は異常」「国際常識からかけ離れた韓国」との一方的な決めつけに基づくキャンペーンが、「リベラル」と評される毎日、朝日、東京新聞という大手メディアを含めて大々的に繰り広げられている。「人権よりも国益優先」のどこがリベラルか?そう叫びたくなるひどい実情だ。
そもそも、「慰安婦問題」についての日韓政府間合意(2015年12月28日)を「歴史的合意」と評価することは決定的に誤りだ。被害当事者はもちろん、韓国の多くの人々が、この政府合間意をもって「慰安婦問題」の「最終決着」とすることに全く納得していないからだ。解決に向けた「足がかり」というならともかく「歴史的合意」などありえない。歴史的国家犯罪である日本軍慰安婦問題を(年間5兆円以上も軍事費に費やす日本の財力からすれば)「わずか」10億円で「帳消しにしろ」とはあまりにも厚かましい態度である。
合意後も謝罪と記憶への誠実な態度を一切示すことなく、ソウルの日本大使館前の「平和の碑」(少女像)の撤去にのみ執着し、圧力を加え続けた日本政府に対する不信がいっそう高まったのは当然であり、腐敗の極みに達した朴・クネ政権への怒りと相まって、「日韓政府間合意」への怒りが爆発したのが今回の事態である。釜山の少女像は、合意に怒った釜山市民・学生らが合意直後に建立計画を立て、合意1周年の日に設置を行ったものだ。実際、直近の韓国世論調査でも、「合意を破棄すべき」との回答が6割近くにのぼっている。韓国の民衆がなぜ怒っているのか、何を日本政府に求めているのかに正面から向き合おうとはせず、韓国政府に「国と国の約束は守れ」と迫ることは、ソウルや釜山での市民の抗議行動に対する強権的な対応、暴力的な弾圧を要求するものであり、犯罪行為と言っても言い過ぎではない。
振り返れば、65年の日韓基本条約は、軍事独裁の朴・チョンヒ政権との結託で、日本軍慰安婦とされた女性たちをはじめ日本の侵略と植民地主義の被害者たちが声をあげることができない状況で締結が強行された。その50年後、セウォウル号事件など民衆の怒りと闘いに追いつめられた娘の朴・クネ政権を利用する形で今回の日韓政府間合意が押し付けられた。だが、50年前との違いは、韓国の民主主義運動は、腐敗した政権を弾劾に追い込むまでに大きく前進した状況にあることだ。この韓国の闘いに連帯し、日本社会で侵略と植民地主義の清算を求める運動をすすめなければならない。

「SACO合意」も住民無視の日米政府間合意
 沖縄の新基地建設を強行する日本政府の名分は、日米同盟強化のための「国と国の約束を守る」である。日米安保条約であり、現在の沖縄では、SACO合意がそれである。「日韓合意」同様そこには被害者と住民の意思は全くない。日本政府にとって、国益こそが全てであり、それを体現する日米政府間合意は絶対である。基地被害に苦しむ住民の思いは眼中になく、逆らうものは排除の対象でしかない。
この姿勢は、年明けから露骨に示された。米軍は、オスプレイ墜落後1週間も待たず、訓練を再開しただけでなく、事故の直接原因となった空中給油訓練をも1か月を待たず再開するという暴挙を強行したが、日本政府は、この暴挙を直ちに容認、追認した。
さらに、日本政府は「高江オスプレイパッド完成」を謳いながら、実際には内部の建設を急ぎ、一方で、辺野古での工事を再開させるというなりふり構わぬ攻勢に出た。
今や、沖縄でのオスプレイと強襲揚陸艦の巨大総合基地建設は、政府、防衛省にとって、同時並行ですすめられる与那国から奄美大島での対中国軍事包囲作戦(有事には5万人規模の自衛隊動員を想定したミサイル基地軸の大軍事拠点づくり)の要となっている。
 沖縄の新基地建設阻止、オスプレイ配備撤回と海兵隊の撤退という要求と闘いは、東アジアでの戦争をくい止め、平和な環境を作り出す闘いである。勝利への道を確実につくり出すために全力を尽くそう。

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